アップルとの関係悪化でインテルのシェア低下の懸念
2020年アップルは、インテルCPUから自社設計のM1チップへの移行を発表しました。その年の年末には実機もリリースされ、いよいよインテルからの離脱が本格化しています。
実は、Mac用CPUだけでなくiPhoneに採用されているG5モデムチップについても、インテル製からクアルコム製へと乗り換えが行われています。
顧客として蜜月関係にあったアップルの離脱によって、インテルの市場への影響力低下は確実となりそうです。
この記事でわかること
・アップルとインテルの関係について
・インテルの市場影響力低下の要因
・アップルの戦略とは
アップルとインテルのこれまでの関係
アップルはこれまで、Macへ搭載するCPUを何度か刷新しています。1984年登場の初代Macintoshには、モトローラ製の68系と呼ばれるチップを採用。その後、モトローラとIBM、アップルが共同開発したPowerPCへと、最初の変更をおこなっています。
これは、当時性能に限界が生じつつあったCISCから、将来有望なRISCへと切り替えるための変更でした。
1994年登場のPowerMacintoshから、PowerPCの採用が始まりました。画期的なアーキテクチャーの採用でアップルの躍進が期待されたのですが、残念ながらこの頃からインテル・Windows連合に市場シェアが独占される状況となり、アップルは経営危機を迎えることになります。
その後、PowerPCに別れを告げるのは、ジョブズがアップルに復帰してからの話になります。CPUの変更に関しては3回目となるこの時、ついにインテル製が採用されました。
このことによりOSは異なるものの、Windows機と同じCPUで動作するMacが登場することになります。MacOSとWindowsOSが、同一のPC上でネイティブ動作する環境が実現しました。
基本はMacを使いながら、業務の都合などでWindows機も併用しているユーザーにとっては、非常に便利な環境となりました。これが2006年の出来事です。
それまでアップルは、インテル・Windows(マイクロソフト)連合との差別化を図るため、意識的にインテル以外のCPUを採用していました。
そもそも昔からアップルは、どちらかというとクローズドな自社規格を製品に搭載する傾向が強くあります。このことがうまくいく場合もありますが、PCに関しては汎用性が低いことがネックとなり、ユーザーを確保できなかった原因の一つとなっていました。*注1
アップルの独自規格やスタンスを示す例
筆者が最初にアップル製品を購入したのは、「PowerMacintosh6100」でした。前述したRISCアーキテクチャーが採用された最初のデスクトップ型です。
このPCを注文する時にびっくりしたことが一つあります。実はその当時のアップルは、キーボードが標準セットになっておらず、マウスだけしか付属していなかったのです。「マウスは必須、キーボードはオプション」というアップルのスタンスが、鮮明に印象付けられた例でした。
アップルの独自規格については、他にもいくつか例があります。
例えば、以前採用されていた「Apple Talk」は、ピアツーピアでPC同士を繋いだ瞬間に、相手のMacがマウントされるなどかなり便利な機能でした。しかし、TCP/IPが世界標準となったことで世間一般の規格から乖離してしまい、対応が遅れるなどの弊害もありました。
他にも独自規格の例として、現在でもiPhoneに採用されている「Lightning」などが挙げられます。
iPhoneユーザーは、イヤホンケーブルまでLightningに統一されたことで安いサードパーティ製が使えなくなってしまい、非常に不便な思いをしているのではないでしょうか。
このようなアップルの独自規格は、アップル製品の中でだけ全ての作業が完了するのであれば、最高の使い勝手を提供してくれます。しかし、一歩アップル以外の世界に出ようとした場合、不便なことこの上ありません。アップルユーザーはさまざまな制約を受けながら、時には余分なコストをかけて機材やソフトを購入してきました。
しかし、前述したインテル搭載Macの登場は、MacとWindowsの両刀使いユーザーにとって、かつてないほどの快適さを提供してくれました。
インテルMacの終焉と独自CPUの導入
ところが2020年になってアップルは、iPhoneで成功し十分な実績を持つSoCタイプのM1チップをMacに搭載する方針を発表します。実機が2020年末に登場し、今後十分な時間をかけて順次インテルから自社設計のM1チップへと移行していく予定です。
残念ながらアーキテクチャー自体が異なるため、WindowsOSをネイティブで動かすことはできなくなりそうです。このことにより、インテルはMac市場を失うことが決定しました。
G5モデムチップでもインテル製がキャンセルされる
このように2020年は、MacがCPUを変更することが話題となりましたが、実はインテル製品のキャンセルはiPhoneに搭載されていたG5モデムチップでもありました。
もともとアップルは、2011年から2016年ごろまでクアルコムからモデムチップの提供を受けていました。その後2社の関係が悪化し、訴訟合戦などを経てクアルコム製からインテル製のモデムチップに切り替えることになりました。
しかし、このインテル製のモデムチップは、性能面での問題などがありアップルの悩みの種となってしまいます。一向に性能が向上しないインテルに業を煮やしたアップルは、ついにクアルコムに妥協する形で和解し、インテルチップをキャンセルして2024年までクアルコム製を購入する契約を結びました。
アップルはモデムチップについでCPUでも、インテルを見限った形となったのです。*注2
インテルの市場影響力低下の要因
これまで見てきたように、アップルとインテルは袂を分つことになりました。とはいうものの、PC用のCPU市場では圧倒的なシェアを持つインテルです。アップル一社が離れたぐらいではそれほど大きな影響はないでしょう。
しかし最新の情報では、全体的にインテルのシェアはかなり低下の傾向にあり、将来的な見通しについても雲行きが怪しくなっている状況です。
CPU市場に関しては、AMDの急速な追い上げが影響しています。また、5Gモデムチップについてもクアルコムの性能に対抗できず、モバイル市場からは完全撤退となりました。
モバイルやIoTで広く利用されるチップでは、英国ARM社が市場を席巻しています。また、微細化技術においてはTSMCや韓国サムスンが先行しており、インテルは今や四面楚歌の状態になりつつあります。
こうしてみると、インテルは現時点でも「世界トップの売り上げを持つCPUメーカー」ではありますが、すでに「世界トップの技術力を持つメーカー」ではありません。
特に10nmルールの微細化技術では大幅に遅れを取っており、TSMCや韓国サムスンの後塵を拝する形になったのが大きく響いています。*注3
また、モバイルの急速な普及とSoCチップ分野での遅れも、ビジネスチャンスを逃している要因となっています。インテルがこれからシェアを回復できる見通しは、今のところ明るくはないようです。
1970年代に汎用プロセッサ8088がIBM PCに採用されて以来、長年にわたって君臨してきたインテルの凋落が始まっているのかも知れません。*注4
内製化を進めるアップルの戦略
ジョブズが復帰した当初、倒産目前のアップルに対する最初の改革は、プロダクトを絞り込み生産ラインを外注することでした。できる限り身軽にして不採算プロジェクトを廃止し、経営資源を集中することで立て直しを図りました。
”Think different”というキャッチコピーが有名ですが、これは売り込む価値のあるプロダクトが当時は存在せず、苦肉の策でイメージ戦略を全面に押し出したと考えられています。
その後ジョブズの後任として、アップルを世界トップの時価総額を保つ企業へと押し上げたクック現CEOは、調達の達人として知られています。
世界中に広がるサプライチェーンを完全に掌握し、生産と販売のスケジュールに一分の隙もないようマネジメントする手腕を持っています。このクックCEOに代替わりしてから、積極的に進めているのが「ハードウエアの内製化」です。
「ハードウエアの内製化」として、液晶から有機ELに続く新たなディスプレイとなる「マイクロLED」、さらに独自設計のiPhone用チップの開発などが知られています。
前述したG5モデムチップについても、インテルの開発部門を買収し、将来的にはオリジナルチップの搭載を視野に入れています。またM1チップの搭載によって、Macの頭脳もすでに自社設計へと進化しています。
これまで外注に頼っていたプロダクトの重要部分についても内製化を進める理由として、クック氏の調達に関する経験が大きな要因となっているようです。
例えばサムスンとは、長年にわたる特許戦争を繰り広げながらも、サプライヤーとしてパーツの供給を受けるという関係を続けてきました。クアルコムについても同じような状況であり、相手との関係によって自社の製造計画に悪影響が出ることを深く理解しています。
CPUに関しては、もはやインテルの技術力は世界一ではなくなり、アップルの持つリソースを投入することで、自社製品に特化したチップを設計することができるはずです。
また、インテルのスケジュールの遅れに影響されることもありません。
パーツの調達で長年苦労してきたクック氏だからこそ、内製化を進めることで安定した製品の製造が進められる体制の構築へ、舵を取ったとするのは多少深読みしすぎでしょうか?
アップルの離脱に対抗するためか、インテルは最近になってMacへのネガティブキャンペーンを展開しています。
「ゲームに向いてない」「ポートが少ない」「拡張性が乏しい」など、Windows機と比べたMacの性能について、揶揄するものです。しかし冷静に考えてみると、インテルチップ搭載Macでもほぼ同じことが当てはまりますので、これはもはや八つ当たりに近いのではないかと思ってしまいます。*注5
2000年以前のアップルであれば、パーツの調達によって市場に大きな影響を与えることはありませんでした。しかし、現在のように圧倒的なブランド力と販売数を誇るiPhoneなどについては、パーツの供給先として選定される事に世界の各メーカーがしのぎを削っています。
シェアこそ少ないものの、以前に比べて安定してユーザーが増加しているMacについても、決して少なくない市場影響力があるはずです。CPUやG5モデムチップでインテルと完全決別し、独自路線を進むアップルが成功すれば、Windows陣営にも影響が出てくるのではないでしょうか。
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■参考文献
注1
Tech Crunch 「CPUの変遷から見るアップルOSの歴史」
https://jp.techcrunch.com/2020/06/22/wwdc20-the-history-of-apples-os-in-terms-of-cpu-changes/
注2
携帯総合研究所 「AppleとQualcommの関係悪化。新型iPhoneのモデムはIntelが独占供給か」
https://mobilelaby.com/blog-entry-intel-exclusive-iphone-2018.html
注3
IT Media ビジネス 「AppleとIntelが別れる、語られない理由」
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2007/01/news028_2.html
注4
iPhone Media 「IntelのCPU市場シェアが過去最低に?~Macの独自プロセッサ移行により」
https://iphone-mania.jp/news-376516/
GigaZine 「ムーアの法則に黄色信号点滅、Intelの10nmプロセス移行の遅れが確実に – GIGAZINE」
https://gigazine.net/news/20150831-intel-cpu-history/
livedoor News 「Intel 4~6月期決算、予想を上回る増収増益も先行きに暗雲、7nmの遅れを公表」
https://news.livedoor.com/article/detail/18624119/
注5
iPhone Media 「IntelがM1 Macに対してネガティブキャンペーンを展開」
https://iphone-mania.jp/news-347034/
9TO5 Mac ”Intel mocks Apple in new campaign highlighting things users can’t do on a M1 Mac”
https://9to5mac.com/2021/02/11/intel-mocks-apple-in-new-campaign-highlighting-things-users-cant-do-on-a-m1-mac/