鹿島建設にみる、施工BIMとしてのArchiCAD活用事例
ArchiCADは「施工」には不向き?
国内で普及しているBIMソフトの一つ、ArchiCAD。一般に、競合ソフトであるRevitが実施設計に重きを置いたBIMソフトであるのに対し、ArchiCADは意匠設計に適したソフトであるとされています。
その主な理由としては、ArchiCADは直感的な操作で設計がしやすく、かつ曲面や複雑な形状のモデリングにも適している点、単体での構造・環境面でのシミュレーション機能を有しておらずMEP Modelerなどを導入する必要がある点、そしてArchiCADのみWindowsとMacの両方に対応している点などが、しばしとりあげられます。
▼参考
こうした記事が指摘する通り、デザイン面の柔軟さはArchiCADの大きな強みの一つといえるでしょう。結果、意匠設計部門の主導でBIM導入が進められがちな欧米の設計事務所や国内ゼネコンにおいて、ArchiCADは幅広く愛用されるにいたりました。
しかし、それは必ずしもArchiCADが実施設計や施工現場において、使い物にならないことを意味しているわけではありません。例えば実施設計段階や施工現場管理でのBIM活用に特に力を入れていると言われる鹿島建設では、意外にもその取り組みの核となるソフトウェアとして、ArchiCADを採用しているのです*1)。
本記事は、鹿島建設の設計事例をもとに「本格的な実施設計BIMツール」としてのArchiCADの可能性を分析し、これまで見えてこなかったArchiCADの新しい側面や魅力を発見するものです。
鹿島におけるBIM事業の始まり
日建設計の山梨氏が指摘するように、国内建築業界において鹿島建設は、IT利用にいち早く取り組んだ企業の一つでした*2)。
例えば「BIM」という概念が誕生する2002年から遡ること5年前の1997年、鹿島建設はすでに「意匠・構造・設備の各設計データが統合できるDB(データベース)-CAD」の開発に着手していました*3)。もちろんこれは、あくまで設計・見積・施工における情報を一元管理するためのデータベースに過ぎないものであり、今日的なBIMの定義には必ずしも当てはまるものではなかったとされます。ともあれ、これが鹿島建設におけるBIM導入の礎となりました。
その後鹿島建設は、2010年に建築管理本部内にタスクチームを立ち上げ本格的なBIMの研究開発を推進するなど、着実にBIMの利用を加速させていきます。当時はBIMがまだ完全に普及しておらず、実施設計図をBIMによって作成することはArchiCADに限らず全く未知の領域であり、プロジェクトは困難を極めました
*4)。
こうした試行錯誤を経た2013年、鹿島建設は世界初のクラウドサーバー型BIMプラットフォームである「Global BIM」を立ち上げます*5)。これはNTTコミュニケーションズ株式会社クラウドサービス「Biz ホスティング Enterprise Cloud」とArchiCADを組み合わせて開発された鹿島独自のBIMデータ共有インフラです。これにより鹿島建設は、高いセキュリティ性と社内外にまたがるデータ共有を両立し、機密性の高いBIMデータを自社オフィス・顧客企業・建設現場に至るまで、どこからでもアクセスし一元的に管理できる設計環境を実現させることに成功しました。
同事業は2017年には子会社「グローバルBIM」*6)として独立し、現在ではモデリング・コンサルティング事業、あるいは社内運用しているBIM施工計画・プロジェクト管理アドオンソフトの社外販売など、培ってきた豊富な技術や経験を活かしたBIMの普及活動を行なっています。
鹿島建設におけるBIMの活用事例
こうした全社あげてのBIM導入が功を奏し、鹿島建設は2014年度末にはすでに約340もの現場にてBIMの導入*7)を果たしました。故に、BIMを活かした鹿島の竣工事例は枚挙にいとまがありません。
以下、その代表例として、
- 佐野市新庁舎
- 草薙総合運動場体育館
- 日本大学新病院
の3つの事例から、ArchiCADのもつ可能性について理解を深めていきましょう。
日本大学新病院
はじめに紹介するのは、日本大学お茶の水キャンパス総合開発の一環として2014年に建設された、救命救急センターの建設プロジェクトでの活用事例です*8)。ここでは、病室の導線計画やインテリアを検討する手段として、BIMによるモデリング・シミュレーションを活用しています。
病室のインテリア設計は、入院患者やその親族に寄り添った安らぎのある空間であるとともに、患者の治療や看護を行うスタッフ・設備の動線を妨げない機能性も注意が必要となります。鹿島建設はこの病院の設計にあたって、病室のモデルルームによる検証の前段階として、BIMを用いた3DCGのモックアップ作成を行いました*9。BIMによって作成されたパースは門外漢にもわかりやすいため、現場で働くことになる看護スタッフからのリクエストや視線も拾いやすいのです。こうした建物の内外観を事前に作成し、分野の垣根を超えて共有できる点は、BIMによる設計の最もわかりやすいメリットの一つといえるでしょう。
佐野市新庁舎
次に紹介するのは、2015年に完成した佐野市新庁舎*10)に関する取り組みです。この建設は鹿島建設関東支店で初めてBIMが導入されたプロジェクトであり、鹿島建設のBIM導入における一つのターニングポイントともいえる事業と言っても過言ではありません。
例えば施工図・総合図の作成業務において、BIMの導入は検証・修正作業の大幅な短縮に繋がりました。一般に図面の作成は、複数の人間が図面という二次元の媒体で平行して取り組むため、平面図と断面図、あるいは構造図と設備図といった図面同士に大量の矛盾が生じるものです。こうした図面同士のすり合わせや修正作業は、この規模のプロジェクトであれば半年はかかる悩みの種でした。しかしBIMの設計なら複数の図面をリアルタイムで連携させることができるため、こうした確認作業が大幅に省力化されたのです。
またBIMによるシミュレーションは、必ずしも躯体や設備といった目に見える物体の可視化に留まりません。例えば狭隘な敷地での設計では、クレーンの挙動や工事車両の配車といった段取り作業が不可欠となります。こうした、完成後の姿を設計できるだけでなく、完成に至るプロセスも計画できるのがBIMの魅力の一つなのです。本プロジェクトでも、免震構造の絡む複雑な配筋のシミュレーションや、打設するコンクリート量や躯体容積に基づいて工区割を決定するプログラムの構築、図面上の資材量と連動した足場の構築シミュレーションに至るまで、BIMによってあらゆる「段取り」がより高度に、より短期間で実現できるようになりました。本プロジェクトを率いた松浦氏は、こうした3Dによる設計の最大のメリットを「戦略が練れる」と表現し、事前に高度な設計計画を組めるBIMの長所を高く評価しています*11)。
草薙総合運動場体育館
内藤廣設計の静岡県草薙総合運動場体育館*12)は、静岡県産の天竜杉集成材によって構成された楕円状の屋根が美しい、国内でも最大級の木造大架構を有する体育館です。特に256本のスギ集成材で構成された3次曲面のうねるような壁は、本建築最大の見所ですが、その施工は過去最高難易度と称されるほど複雑を極めました。
まずそれぞれのスギ材は、上端は鉄骨トラスの屋根と、下端は免震構造体を経由してRC造の2階と、それぞれ接続しています。しかし、45〜70°の角度を付けながら楕円状に配置されたその接合部には、同じ部品がほとんど存在していません。こうした非画一的で微細なディティールの綿密な事前検証は、BIMによる設計が強みを発揮する分野であると、設計者の内藤氏は語ります*13)。
また、建設前の綿密な段取りの可視化がBIMの長所である点は既説の通りですが、その強みが本建築でも活かされました。例えば、木材と鉄骨トラスを繋ぐスチールリング鋼管では、溶接縮みを誤差5mm精度での調整が要求されました。またスギという木材も、温度や湿度による変形が大きいデリケートな素材であり、木材の調達から選別、製材、自然乾燥期間を含めた精度管理が必要になります。木材・RC・鉄骨と言った多様な部材を同時に進行する複雑な工程管理には、設計から施工にまで至るBIMのシミュレーションが不可欠な存在となりました*14)。
今後の展望
こうした多様なBIMの利活用を経た2018年11月、鹿島建設は建築の生産・施工プロセスのデジタル化を進めるべく「鹿島スマート生産ビジョン」を策定しました*15)。すでに自家薬籠中の物としたBIM技術を基軸とし、ICT・ロボット・ドローン・VRといった建設テック技術の導入をさらに進めることを、ここに宣言したのです。
ArchiCADを主軸とした鹿島建設による、BIMと施工・生産のさらなる連携事業には、今後も目を離すことができません。
◯出典
1) GRAPHISOFT社HP「ARCHICAD BIM事例レポート 特別インタビュー 鹿島建設株式会社」(最終閲覧日:2020年2月25日)https://www.graphisoft.co.jp/users/special/kajima_2015.html
*2) 山梨知彦『業界が一変するBIM建設革命』日本実業出版社,pp222-224,2009。
*3) 鹿島建設HP「KAJIMAダイジェスト:特集「BIM@SITE」」2014年4月公開(最終閲覧日:2020年2月25日)https://www.kajima.co.jp/news/digest/apr_2014/feature/index-j.html
*4) GRAPHISOFT社「ARCHICAD BIM事例レポート 鹿島クレス株式会社」2017年公開(最終閲覧日:2020年2月25日)https://www.graphisoft.co.jp/users/soshikisekkei/kajima_kress_2017.html。
*5) 鹿島建設HP「世界初、クラウドサービスを利用したBIMプラットフォーム「Global BIM」を構築~セキュリティを確保し、世界規模でBIMデータの共有が可能に~」2013年6月公開(最終閲覧日:2020年2月25日)https://www.kajima.co.jp/news/press/201306/17a1-j.htm
*6) 株式会社グローバルBIM HPhttps://www.global-bim.com
*7) 一般財団法人建築保全センター編『主として建築設計者のためのBIMガイド』,大成出版社,pp38-39,2017。
*8) 新建築社HP「2014年12月号 日本大学病院」(最終閲覧日:2020年2月25日)https://shinkenchiku.online/project/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E7%97%85%E9%99%A2
*9) 鹿島建設HP「デジタルモックアップを使った医療施設のインテリア検討 日本大学新病院(仮称)新築工事」(最終閲覧日:2020年2月25日)https://www.kajima.co.jp/news/digest/apr_2014/feature/client/index-j.html
*10) 鹿島建設HP「実績紹介 佐野市新庁舎」(最終閲覧日:2020年2月25日)https://www.kajima.co.jp/project/works/detail/201510snscs.html
*11) 鹿島建設HP「BIMが引き出す現場の先取り力 佐野市新庁舎建設工事」(最終閲覧日:2020年2月25日)https://www.kajima.co.jp/news/digest/apr_2014/feature/on_site/index-j.html
*12) 新建築社HP「2015年5月 静岡県草薙総合運動場体育館」(最終閲覧日:2020年2月25日)https://shinkenchiku.online/project/%E9%9D%99%E5%B2%A1%E7%9C%8C%E8%8D%89%E8%96%99%E7%B7%8F%E5%90%88%E9%81%8B%E5%8B%95%E5%A0%B4%E4%BD%93%E8%82%B2%E9%A4%A8/
*13) 鹿島建設HP「建築家とのコラボレーション 内藤 廣インタビュー」(最終閲覧日:2020年2月25日)https://www.kajima.co.jp/news/digest/apr_2014/feature/architect/index-j.html
*14) 鹿島建設HP「木に包まれる体育館 ~国内最高難度の工事に挑む~」(最終閲覧日:2020年2月25日)https://www.kajima.co.jp/news/digest/nov_2014/site/index-j.html15) 鹿島建設HP「建築の生産プロセスを変革する 「鹿島スマート生産ビジョン」 を策定」(最終閲覧日:2020年2月25日) https://www.kajima.co.jp/news/press/201811/12a1-j.htm
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