「御用聞きエンジニア」の末路
「エンジニアは御用聞になってはいけない」
このセリフを何回聴いたことだろう。もう10年以上も前から言われているかもしれない。が、あいも変わらず「御用聞きエンジニア」は存在する。
言われたことを忠実にこなす。
要望を聞き、納品する。
それが「御用聞き」であり、顧客がそれを望んでいることもよく分かる。「余計なことをするな」といわれる事があることも、理解する。
が、それであったとしてもやはり、「御用聞きエンジニア」が生き残るのは厳しい。
なぜだろうか。これには大きく3つの理由がある。
1.顧客の要望が、顧客が本当に望んでいることと同じであるケースが少ない。
顧客は要望を次々に出すが、「本当に望んでいること」を言語化することは非常に難しい。したがって、要望をそのままソフトウェアに実装した結果、「考えていたこととちょっと違う」ということはよくある。これは双方にとって不幸であるし、金銭トラブルのネタともなる。
2.顧客はシステムに詳しくない
顧客がシステムを欲している時は、「システムによって自分たちの課題が解決する」と彼等が考えている時だ。しかし、顧客はあくまでシステムのプロではない。解決策が間違っていることだって、十分ありえる。というか、間違っていることのほうが多い。
プロはプロとして、顧客が最善の方法で課題を解決できるよう、客観的な意見を述べなくてはならない。
3.「あなた方が望んだ通りに作りました」は、不満の温床となる。
顧客は望んだものが出来上がっても、満足しない。満足とは、「望んだもの以上のもの」から生み出される。したがって、常に開発者は「顧客が望んだもの以上のもの」を提供しなければならない。
そして、それは御用聞きでは実現不可能である。
いかがだろうか。
「御用聞き」は、一見聞こえは良い。食品や服飾など、形あるものについては納品されるもののイメージが明確となるので、御用聞きが機能するのだ。
しかし、ことシステムに関しては納品されるもののイメージが定まっておらず、顧客自身も自分の望んでいるものをしらない。
「提案営業」などという陳腐な営業を行う必要は全くないが、「要望+アルファ」くらいは、せめてやっておきたいものだ